新東京邂逅記 by 長谷川高

厳しい時代を生き抜く為の資産防衛と不動産戦略

アジア弾丸紀行 by 長谷部裕樹(番外:ボストン編)


はじめに
私が公私共にお世話になっている長谷部裕樹氏によるアジア弾丸紀行です。
長谷部氏は東北大学卒業後、リクルートリクルートコスモスを経て現在は外国人・留学生に特化した人材紹介会社「オリジネーター」代表です。
大学時代は柔道部で活躍。小川直也、全日の武藤敬司とも対戦し引き分けた方です。
ダイナミックに成長するアジア諸国の最新(不動産)事情を!いざ!(長谷川)



8月17日 リスボン 晴れ → ボストン 晴れ

今日は、チューリッヒのトランジットも含め丸一日の移動日。


まずは、11:40のチューリッヒ行き。
前日早く寝たおかげで、5時には目が覚める。おかげで原稿書きなどをしながら9時まで時間をつぶし、9:30にフロントへ。ほどなくチェックアウトを済ませ、タクシーで空港へ。15分:10€。この近さと安さは驚きに値する。


さて、チェックイン。普通はエアごとにチェックインカウンターがあるのだが、乗機するエアを調べて、その番号に並ぶという初めてのシステム。
何とか27〜30番カウンターという確認ができ、スイスエアーにチェックイン。
その際に、スイス入国のイミグレーションを確認するが不明という。
荷物チェックを済ませ、乗機までラウンジで寛ぐ。


もちろん、イミグレーションもなしということで、スイスはEU域であるんだなという納得をする。


リスボンー>チューリッヒは、ビジネスと言っても通常機体に、前のほうを一席飛ばしにした似非ビジネス。まあ2時間半の旅だから我慢しよう。


程なくして、トランジット先:チューリッヒ国際空港へ。

出る時に念には念をいれ「これからボストンだけど、イミグレーションはあるの?」と確認したところ無いという。


それであればと、ファースト用のラウンジで寛ぐことに。
15:30、フランス料理店を思わせる綺麗なテーブルもセットされたところに、職員は数人。誰もいないラウンジは却って居心地の悪いものだ。
パイパのロゼに、ロスチャイルド(あの海老蔵の結婚式で振る舞われて一躍有名になった)まで開いている。随分豪華なラウンジである。


5時起きも手伝い、うとうとするが出国の時間もあり、緊張感も漂う中の1時間。
過去の世界一周において、EU(特にヒースローからは大鬼門)から米国(過去はすべてがNYだったが)入国は鬼門でなかなか時間通りに入れない。
それもあって、17時にラウンジを出ればよいという所を、16:45にでる。


搭乗ゲートを確認すると、案の定イミグレーションのエリアへ。
やっぱりあるだろうが!!


多少並ぶものの、なんとか搭乗時間には間に合い搭乗ゲートへ。その時すでに5分前。
係員・CAの言うことを聞いていたら、危ないところであった。


機体一番前の1Aに着席。早速愛想のよいスイスエアのCAがご挨拶。
日本人である事を伝えると、日本には乗機したことがあるらしく、明治神宮や渋谷の話に。
私の会社がその近くである事を言うと益々親近感が沸いたようだ。


ここから、ボストンまで8時間半の旅。無事に到着することを願う。
今回、3回目のファースト機上だが、やはりアジア路線(シンガポール・タイ・トルコ)の対応が一番。EU圏も悪くはないが、その下。
最悪なのは、ユナイテッドをはじめとする米国機。
ただ、UAの友人にその事を言うと、アメリカで飛行機は車と一緒。
特にファーストの客はビジネスが大半なので、一番構わない人ということらしい。


あれこれ注文するのは、エコノミーの客であんまりうるさく言うとエコノミーにダウングレードされちゃうぞ…と忠告された。
私は決してそういう客ではないが、今回のボストン線。8席中4人は欧米人と私。
この比率は、そうばんアジア人中心になるのではないか?
その時に、そういったUAの理屈はとおるのだろうか?


映画・読書・睡眠をしながらボストンに。定刻19:55はまだ、ボストンも明るかった。
イミグレーション・なかなか来ないバゲージに一抹の不安を感じながら(昨年バルサでロスバゲに・・・。結局3日後手元に。それ以来トランジットの時は気を付けている)、きた!!


バッグをピックアップして、中村文彦の待つ出口へ。
昨年のケープコット旅行・文彦の帰国以来、約一年ぶりの再会だ。そういえば機内から見たケープコットは、非常に綺麗であった。また行きたいものである。


文彦の案内で、ホテル:マリオットにチェックイン。そして近くの寿司屋へ。和食は私がリクエストしたものだが、さすがに11時間による機上と食べ続けで、食も進まず。
1時間程度の再会の挨拶で、本論は明日ということに。
22時半にホテルにもどってフロントに確認すると、未だプールが開いているということで、急ぎ着替えて4階のプールへ。あぁぁ生き返る。部屋にもどって、ぐったりしてそのまま熟睡。。。


ここで中村ハーバード大学助教授の簡単な紹介を。
母校の私5年生時の1年生。地元愛知県での柔道歴もさることながら1年からレギュラーになり、大学2年の時71キロ級で東北チャンピオン。
大学3年・主将:4年の時に七大学戦連覇。
その強さは、「木村雅彦はなぜ力道山を殺さなかったか」の著者:増田俊也氏の最新刊「七大柔道戦記」にも、超弩級と紹介されている。
最近では、これも私の後輩:中村良夫横浜国立大学教授とともに、「寝技の伝統」を刊行している。(この本には筆者も協力出演しているが)
ということで、私にはハーバード大学准教授がどれだけものか、わからないがかわいい柔道部の後輩の一人である。


その他、必ず酔っぱらってから電話を寄越す、酒癖の悪い東大医学部教授のSや、奥様に生返事ばかり繰り返し、米のとぎ汁をかけられたという逸話をもつ、東北大学医学部教授のOなど。いずれもかわいい後輩たちである。将来、柔道部の後輩たちからノーベル賞が生まれることを祈るばかりである。


8月18日 ボストン晴れのち曇り


朝7時に起床。久しぶりの7時間睡眠。
9時に文彦が迎えに来てくれるというので、それまでプール。
やはり、朝一のプールは気持ちが良い。ここのプールは10m程度。
2ストロークで、向こう岸。つまり20分。回遊魚のようにして泳ぐのだがそれでも、随分体がほぐれる。最後ジャグジーでストレッチをして、文彦を待つことに。


まずは、ボストン郊外のプレミアムアウトレット(御殿場など三菱地所の経営するのはここの日本版)へ。
途中、NFLペイトリオッツの本拠地:ジレッドスタジアムと全米アウトドアショップのバスプロショップへ立ち寄る。
このバスプロホップ。さすが全米に規模をはる店だけあって店構えが半端でない。
単店で見たものでは最大かもしれない。
なにしろ、店の中でボートが何台も売られているのだ。
釣り道具のコーナーには、海水・淡水の水槽まで完備され魚も泳いでいる。
まさに、大人も子供も楽しめるアミューズメントショップである。


因みに全米でも有名なSCには、筆者も言ったミネアポリススヌーピータウンなどがあり、これは、四隅に4つの大型百貨店(シアーズ・メイシーズなど)があり、その周りが専門店とフードコートと映画館。
そして、その中はスヌーピータウンという全天候型のアミューズメントパークでジェットコースターまで走っているという規模である。
豊洲ららぽーとも立派であるが、規模と中身はまだまだ。


実は、ヤンゴンで旅行用のバッグが壊れ、ここまで20日間そのままで旅行を続けていたのであった。各渡航地で見たのだが、私を納得させるものとは出会えなかった。
ということで、サムソナイトの店をチェック。日曜日の朝一番10時に買う気満々の客が来て店員も営業心満々。ということでお互いの気持ちが通じ、私として初めての買い物をする事ができました。


次に、今日の目的のひとつオープンハウス見学。
時間があるということで、全米でも有名なファミレス:リーガルシーフード(昔あったレッドロブスターUS版)へ
そこで、限られた時間で回る作戦を練り、中村家に近い三件をピックアップ。よってすべてがボストン市郊外:ブルックリンである。

因みに不動産仲介者はすべてゴーロドウェルバンカー:全米でも大手のブローカー会社
まずは、
1.203 rangeley road : 899000ドル
  土地:1710sfだから×0.93=1590㎡
  当初の築年は1950年というが改築を繰り返しているのでそれほどの古さを感じない。
  しかし、3ベッドルームということで、家自体はさほど広さを感じず。


2.145 grove st. :739000ドル
  土地:1985sf × 0.93 = 1850㎡
  これも同じく1950年築。3ベッドルーム。1に比べると、通りに面していて明るい雰囲気


3.945 hammondo st : 1194000 ドル  
  これは、地下室・2階もある6ベッドルーム。特に2階のマスターベッドルームはジャグジーバスもついて、快適そう。因みに1952年築
  土地:3200sf × 0.93 = 2976㎡




買っても良いのは、3番というになりますが、まず、木造家屋でありながら60年以上使用していることに驚く。特に3番などは、玄関がちゃっちくて中々鍵で開かない。
どうしてなのかと聞くと「普段は車でガレージから入室するからだそうだ」
うーん。日本でいえば玄関は家の顔。やはり、お客様を迎えるにも質素ながら綺麗にと考える我々には無い発想である。


因みに、マレーシアでみた物件も玄関を入るとすぐリビングという物件が大半であった。もちろんシューズインクローゼットはおろか下駄箱なんてないのである。


非常に為になった、オープンハウス。コンドミニアムも見たかったが、時間の関係で3物件で終了。
ここ、マサチューセッツ州は同性同士の結婚も許されているリベラルな州。
よって、男同士で家さがし何ていうのも、ふつうにあるせいか。特に二人の関係を聞かれることもなく。
はい、関係は先輩・後輩だよ!!!!


モニカ婦人の待つ、中村家へ。
中村家は、二世帯住宅を購入し一室(2階)を賃貸している(月1600ドル)。4年前に700000ドルで購入したというが、すでに850000ドルはするだろうとのこと。


確かに、今日みた三物件よりも、立地(2駅徒歩圏内)・環境(目の前がグランド)ともに優れている。1960年というが、手を加えれば十分住み続けられるであろう。賃貸によって得られる収入によってローン返済も賄っているという非常に良い物件であると、不動産の専門家も太鼓判を押しておく。


さて、ご挨拶も済ませ、今度はハーバード大学を案内いただく。
途中、JFKの生家:「ボストン・ブルックリン生まれ」を見学。普通の民家である。多分今は街で管理しているのか?


ハーバードといえば、1636年(アメリカ建国よりも200年も前)にジョンハーバード牧師が創設した全米最古の大学として有名であるが、来てみて驚いたのはその広さと、建物の立派さである。


それらは全て、大学の運営費からあてられ4兆円にも上る資産と、年間800億円という寄付によって賄われているそうだ。


確かに蔵書、全米二位(:世界四位)を誇る図書館や、世界でも有数のコレクションがあつまる自然史博物館(因みに中村教授のおかげで私も0円)など、一般客に解放されているところだけでも十分にその大きさを伺い知ることができる。
自然史博物館に収められている貴重な生物の標本もそのすべてが寄贈によるものという。
中には、10000年前アメリカ大陸に生存したという、20mにも及ぶワニの祖先の標本もあり、見るものを圧倒する迫力である。




各学部には、OBの寄付によって建設された建物がありそれらには個人名が刻まれているものや、たとえばEVにもそれぞれの名前が刻まれているものもある。因みにEVの命名権で20億円程度の寄付というから驚きである。


寄贈者のプレートも拝見したが、10億円(あえて円表示にするが)で直径15cmのプレート。
5億円以上で10cm程度。1億円では、やっと名前の判読できる5cm程度のプレートが飾られている。
母校震災の際には、私も10万円の寄付をさせて頂いたがそれでは、米粒程度だろう。


こうして、集まった寄付をもとに大学が運営されるのであるから、世界の頭脳がここに集まる理由もわかる。
学業は、鉛筆とノートだけあればできる。と、きれいごとを言っても、環境が違えばスタートラインが違うのであるからここで学んでみたいという研究者は、後を絶たないと思うし、そういう研究者を魅了するだけの力はこの大学にはある事を改めて痛感した。世界大学ランキングの一位と、東大との差は、とてつもなく大きな差である。


こんな様々な、思いを持ちながら中村准教授の研究室。ハーバードメディカルスクールへ。
小児科や産科婦人科だけの病院があったり、その規模にも驚かされるが、文彦の所属する研究棟もビル一棟の中にある。
日曜日ということで、多くの研究者は休み。
ということで、私も白衣を来て実験の真似事。確かに30年前に使用したことのある実験器具などもあるが、今となってはさっぱりわからず。
文彦が気を使って、人の腎細胞をみせてくれたりして、いっぱしの研究者気分である。



一方は、ミクロの世界。こっちは何千・万坪の世界。同じ学部を卒業して25年。
対極の世界に行ってしまったなぁぁと、文彦と大笑いであった。


広い校内を4時間にわたり案内いただき、中村家に帰って、定番のバーベキュー。
どうも東北大のO教授も趣味がバーベキューという。
合宿所でやった覚えもないので、元祖は広瀬川の川岸で毎年秋になるとおこなわれる「芋煮会」なのだろうか。
ボリス、エリックも戻って5人で食事。多くに囲まれて食事するのは良いものである。


また、学生時代の昔話や今回、全柔連理事長になった宗岡さんの話をしながら夜も更けてきた。
9時を回ったし、ここらでお暇をすることにしよう。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。文彦、来年も来るからね。


モニカ婦人をふくめ中村ファミリーとエリックの彼女に分かれを告げ(なんで夜9時に彼の家にオンネン!)、14歳のエリックには避妊の大切さを教え、中村家を後にしたのであった。
文彦にホテルまで送っていただき、別れを惜しみながら明日の準備へ。
明日は、シカゴ行。また5時半おきだ。


ホテルに帰ると未だ10時ということで、また夜のプールへ。
今日はジャグジーカップルがまだいて、泳いでいても違和感なし。
やっぱり深夜に一人でプールは怖いものである。以前ブリッセルで、水泳中に電気を全て消されたことがあり、このことが苦い経験になっている。


ということで、部屋に戻りほどなくして就寝。



8月19日 ボストン晴れ シカゴ晴れ

国内移動なので、8:09発:チェックイン1時間まえでも大丈夫かとおもったが念のため6時にホテルを出ることに。15分でホテルに到着。


無事に、チェックイン完了。UAのケチくさいところは、国内線だとビジネスチケットを持っていても、ラウンジを使わせないところ。以前50ドルと言われ憤慨したことがある。
よって、トマトジュースをのみながらゲート前で待つことに。


搭乗が済、2時間48分でシカゴオハエ空港に到着。


さて、未だ10時(時差1時間で)、ホテルまでタクシーで行くか、地下鉄で行くか迷った挙句地下鉄を選択。
これは、タクシー代をケチったからでなく、中村家のお土産も渡し、荷物も減ったし最寄駅とホテルの位置関係が掴めたからである。今回初めての公共交通機関による移動である。

空港から地下鉄。そして3DAYパスも無事購入し、ブルーラインに乗り込む。
始発駅なので、列車も混むことなく、50分で乗り換え駅レイクへ。ここでレッドラインに乗り換えて1駅:グランド(レッド線)駅に到着。


地図がなくても、何とかなるものである。
目指す方向を太陽の位置で確認し、5分ほど歩いてホテルへ。
まず、プールの確認と思い、フロントに確認するがフィットネスクラブはあるがプールは無いとの回答。
ガーン!またやってしまった。これでまた二日泳げないのか・・・。


仕方がないので、まずシャワーを浴びることに。
リスボンからたまった洗濯もしなくては・・・。
シャワー・洗濯を済ますと、今までの疲れが一気に。


まだ13時、すこし仮眠。


気が付くと、すでに20時。どうやら熟睡をしてしまったらしい。


やむを得ず、夕食場所を探しに。シカゴと言えばシカゴピザということで、お店に入り一番のお勧めを頂くことに。
でてきました、シカゴピザ。しかもフライパンにのって。


中を切ると、サクサクの薄いクリスピーな生地に、2?はあろうかというチーズとトマトがてんこ盛りに入っています。
寝起きであんまりお腹空いていないのに、大変なもの頼んじまったなぁぁが、最初の感想。
ただ、一口食べるとアツアツの濃厚なチーズが口いっぱいに広がり、これはチーズ好きにはたまらない美味しさである。1ピースで十分なところ(これでもスモール:一番小さいのを選択している)を4ピースいただくことに、最後にはアツアツもすっかり冷めていて、何とか完食。


ホテルに戻ると、またアルコールによって眠さが爆発。シカゴ研究は明日にすることにまた9時に就寝。



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株式会社長谷川不動産経済社

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はじめての不動産投資

はじめての不動産投資

*尚、本書は2009年に出した「お金を生み出す家を買いたい」を加筆、改稿したものです。特に税務関連を大幅に加筆しました。節税の為の法人利用の方法、メリット、デメリットをできるだけ詳しく解説しております。