新東京邂逅記 by 長谷川高

厳しい時代を生き抜く為の資産防衛と不動産戦略

東京も大きく二極化へ〜都心の範囲がどんどん狭くなっている

私が生まれ育った多摩地区で、高校に進学した折、新たにできた友人へ
「どこから通っているの?」と聞いて
「国立だよ」とか「府中」などと言う言葉が返ってくると
「お〜スゲ〜都会!高級住宅街じゃん!」と思ったものです。

実際、国立などは今も街並が美しく、特に「大学通り」は東京でもナンバーワンの美しい「通り」だと思います。
実際、山口百恵三浦友和夫妻が新居を構えたのもこの国立でした。
(私もよく新居を外から見に行きました「百恵ちゃん出て来ないかな〜」と、笑)


しかし、この多摩地区全般に言えることですが、東京都内と言えでも、残念ながら地方都市同様、徐々に商店街のシャッター通り化や街の過疎化が進んで来た印象を受けるのです。


私がこのエリアで活動していた30年前に比べ、近年街の様子が明らかに寂れてきたと強く感じるのです。


確かに、例えば、立川駅周辺は近年の大規模再開発により真新しい百貨店が立ち並び、大きく変化しました。駅構内の人の流れは新宿駅に引けをとりません。
しかし、駅から5分、10分歩いたエリアの通行人の少なさ、活気の無さはいったいどうなってしまったのかと思える程です。

私が子供頃の立川はどこへ行っても頭が痛くなる程の人の数と活気がありました。
(勿論、その中には米軍の軍関係者も多く含まれていましたが)


多摩地区の人口そのものはどの自治体も減ってはいません。
しかし、人口構成が明らかに変わっているのです。
所謂就労人口の急激な減少です。つまり高齢化による影響が凄まじいということだと思います。


さて、多摩地区で生まれ育った私が約25年前にこの業界に入って感じたことなのですが
「(本当の)都心、又は高級住宅街とは環八の内側を言うのだな」
ということでした。勿論これは総論でのお話ですが。


しかし、現在ではどうでしょうか、日々の活動から得られる感覚値で申し上げてしまって恐縮ですが、四半世紀を過ぎてそのエリアは大きく変化したと感じます。


現在では、山手通りより内側、ないしは環七より内側へと徐々に狭くなってきたと感じるのです。
そしてその範囲が毎年更に狭くなっていくだろうと感じています。


あまり良いことではないのかもしれませんが、色々な意味での「二極化」が、この東京でも徐々に進んでいると感じます。


東京に関して言えば(地方の様に)人口が減っている訳ではないのに、こういった現象が起きていることに日本が抱える人口問題の深刻さを感じます。


長谷川不動産経済社