Japan Far East Real Estate

Hasegawa Real Estate and Economy, Inc.

不動産保有会社を分離しての事業承継


私がかつて通っていた大学はミッション系の私大でしたのでオーナー企業の子弟が比較的多く在籍していました。

中には父親の外車に乗って通学して来る同級生もいましたし、就職も父親や祖父の会社にそのまま部長や常務といった肩書きで入社していた者もいましたので(裏の苦労をよく分かっていない)私なんぞは単純に羨ましいと感じたこともありました。


しかし、今現在、親の事業を承継し会社の経営者となった彼ら彼女らが現在非常な苦労をしているといったことが伝わってきます。


言うまでもないことですが、日本における高度経済成長期と現在の状況では何もかもが大きく異なってしまいました。

苦しくとも頑張れば頑張っただけ成長、拡大できた時代と少子高齢化の中、経済の停滞が20年も続く現代では経営者を取り巻く環境は全く別のものになっているのです。


実は私「長谷川」の「家」も祖父の代まで約300年続く商家でした。
旅館や料亭を手広くやっていたようです。
先祖が眠る墓地の敷地は広く、身寄りの無かった番頭さんや当時の使用人の方々のお墓も同じ敷地内にあります。
ところが、私の祖父は42歳で急死。その時長男(伯父)は12歳、更には番頭さんが運転資金を持ち逃げし、今で言う事業承継は断念せざるを得なくなりました。


しかし、仮に祖父が長生きをして事業を子供に承継していたらどうなっていたでしょうか。
長男は戦争に取られていましたので、仮に次男の父が経営を継いだとしたと仮定し・・・父は元来の理系で社交性ゼロの性格でしたので、それはそれで父にとっては不幸な結果に終わったのではないか思うのです。
一つは(父親が)子供の頃からの夢であったエンジニアに成れず、明らかに適性のないサービス業に終世従事しなければいけなかった訳ですし、何より従事していたとしても時代や環境、交通手段の変化によって旅館業自体が(立地的にも)間違い無く成り立たなくなっていったと容易に想像できるからです。


そして、最終的にはおそらく「廃業」か、莫大な借金をして旅館を東京に移転していたと思います。


時代の変化は恐ろしく速いものです。家業が元来何業であったとしても、この変化に何代にも渡り対応していくのは非常に難しいことだとつくづく感じます。


最近、不動産を含め、相続や事業承継についての相談を色々と受けていて感じることは、
「まずは、事業の全てを子への承継ありき」の時代ではないということです。


弊社の顧問先には親の代までは自動車部品メーカー、建設会社、繊維会社等々を経営していましたが、事業を承継する段階で会社が保有する不動産だけを分離(分社化)して、その(不動産を保有する)資産管理会社のみを継いで(承継して)いる方が多いのす。

そういった方の特徴は、自分の代では自由に自分の選んだ道、職業へ進み、更には経済的にも余裕をもって人生謳歌されている方が多いと感じます。

一方、全ての事業会社も承継された方の中には
「毎月毎月100人以上の給料を払うことを考えると夜もよく眠れない」
といった声も聞きます。


果たして、「会社全体をそのまま継ぐことが本当に幸せなことなになるのでしょうか?」
継がせる方にも、継ぐ方にとってもです。


仮に私が、自分では能力的にも適性においても操縦できない大型ヨットや到底管理できない山林を親から譲るといわれたら、何も分からない若い時なら当然の事として全てを引受けてしまったかもしれません。
しかし、その十年後の結果はどうなったでしょうか・・・・。
今現在の自分であれば、自分の能力の限界も分かっていますので、若い時と異なった判断をするかもしれません。


会社の事業承継と言っても子供から見れば到底自分では操縦できない大型船舶であったり管理できない山林と同じであるケースが多々存在すると思います。


私は、不動産分野が専門だから強調する訳ではないのですが、
「確実にキャッシュを生む社有の不動産だけを分離して」承継させることは時として賢明な選択であり、子を思う親心の結果だとも感じます。


会社全体を承継することが本当に子供にとって幸せな結果を招くのか。
現代のような時代かつ経済状況だからこそ、ここは今一度よくよく熟慮すべきだと思うのです。


*上記の様な「不動産保有会社を分離しての事業承継」に関しまして何かご相談がありましたら遠慮なく、下記お問い合せ下さい。
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長谷川不動産経済社