新東京邂逅記 by 長谷川高

厳しい時代を生き抜く為の資産防衛と不動産戦略

本当になりたかったもの

小学生に上がる前、私には、憧れの人がいました。
憧れの人というか職業というか・・・・。
随分前のことなのですが、とにかくその人と
その職業が子供ながらに好きであったことは
間違いありまません。

私は、随分と長い間くず屋になりたかった。
私が保育園に通っていたころ、
月に一度、都営住宅にリヤカーを引いて、
新聞回収をしにくるお兄さんがいました。
「ぐずやーおはらい!、ぐずやーおはらい!」
と声を出しながら都営住宅中をリヤカーを引いて
回ります。
奥さん達から声が掛かると、
新聞紙の束に計りの先についている大きな釣り針
のようなものを刺し入れ、ぐいっと力強く持ち上げて、
重さを量ります。
だいたい1月分の新聞紙が数束で50円だったと記憶
しています。
当時はその50円でこれまた屋台のおでんがたくさん
買えました。
そのくずやさんは、筋肉質の体に白いランニング姿で、
明るい爽やかな人でした。
私は、バケツをリヤカー代わりに引きずって、
そのお兄さんの後について都営住宅中を回ったそうです。
迷惑なガキだったはずです。
しかし、そのやさしいお兄さんは、毎回最後に
私を家に届けてくれて、新聞紙でいっぱいに
なった重いリヤカーを引いて街を去っていったそうです。
私もそんな光景を今でもなんとなく覚えています。
私は、これまでも何度となくあの人にようにリヤカーを引く
くずやになりたいと思うことがありました。
くだらないテレビや雑誌に出て、くだらない事を
言ってお金をもらって、売名をしている自分が
いやになることがります。
身分不相応な似合わないスーツを着て、人前で
偉そうなこうと言って講演している自分に
反吐が出る時があります。
こんなものは、本当の労働ではないと。
大学を出て就職をする時もそして今も、
私は、週に半分は、穴を掘るような仕事をし、
そして残りの半分は机に向かってする仕事が
したいと思っています。
最近その気持ちがまた強くなってきました。