新東京邂逅記 by 長谷川高

厳しい時代を生き抜く為の資産防衛と不動産戦略

私は陽明学で起業しました。


私の大学時代の専攻は経済学だったのですが、それがマルクス経済学だったからという訳でもないのでしょうが、これが全く興味をもてない代物した。


教え方が下手なのか、教わる態度が良くなかったのか、おそらく両方だったと思いますが、経済学専攻なんて恥ずかしくて言えないレベルで卒業をしてしまいました。


この経済学の授業に対して一般教養の過程で受けた社会学部の先生達の授業はどれもユニークなものでした。
その社会学部のある授業でのことでした。それは過去の色々な報道写真を教壇の後に吊り下げられた幕にプロジェクターで映し出し、それに対して色々なコメントを繰り出していくという授業でした。
何枚目かの写真が投影された時、広い教室中にざわめきが起こりました。
それは白黒の写真でした。
よく見ると誰かの切断された首が床に転がっている写真でした。
先生曰く「これは三島由紀夫切腹後に斬首された時の現場写真です」と。
その後、先生がどんな話しをしたのか全く記憶はないのです。
ただただその写真だけをじっと見ていました。


それは現在ならPCで画像を加工したのかと思える程、なんとも不自然な写真でした。
今思うに、当時先生は確信犯的にこの写真を我々学生に見せたのだろうと思います。
時代がバブルへと向かう太平の時代、体たらくなバカ学生達に何かショックを与えてやろうと思ったのではないかと。


兎に角、私は何とも言えないショックを受けました。
それと同時に三島由紀夫という人物はいったい何者で、何故このような過激な行動をとったのか知りたくなりました。
その時から、大学の図書館通いが始まりました。日々籠って関連の書を読み漁りました。図書館には何故か三島由紀夫に関する評論も含めあらゆる書籍が揃っていました。



あの三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地に仲間と共に人質を取って立て篭り、演説し、最後は切腹して自害という行為はいったい何だったのか?それは、人並み以上に「美しく戦死」したかった同氏が、戦後25年経って、精神と肉体がやっと整い「戦死した」のだと私なりの結論に至りました。


三島氏は単純に「戦死」したかったから、あのような行動を取ったと思われるのですが、同氏は自らの行動を肯定する為に、又は自らを鼓舞する為、あるいは理論武装する為に、ある時期から「陽明学」についてさかんにインタビューやエッセイ等で論じるようになります。

更には自ら「行動学入門」(文春文庫)なる書籍も出しています。


行動学入門 (文春文庫)

行動学入門 (文春文庫)


この書籍をきっかけに今度は私の陽明学なるものを自己流ながら学ぶようになっていきました。
再び大学の図書館通いが始まりました。


陽明学の思想の根幹は「知行合一」です。
知行合一とは辞書には「知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならないということ。王陽明が唱えた陽明学の学説」とあります。
日本の近代においてこの「知行合一」は(私なりに意訳すると)若干変化していき「幾ら机上で知識を得ても意味がない。行動をすることこそが貴い。行動を起こすことそのものが重要なのだからその結果が失敗に終わっても良いのだ。行動自体の評価は何ら変わらないのだ」と。
これが拡大解釈され、近代においては革命的思想をもつ者の拠り所として広く支持された時代もありました。

実は、大塩平八郎吉田松陰西郷隆盛もこの思想に強く影響をされたことは有名です。


私の陽明学についての理解のレベルは自己流のにわか学問程度でしたが、この思想哲学を私なりの解釈により気持ちが凄く楽になりました。
「ああ・・失敗してもいいんだ。行動こそに意義があるのだ」と。


私は学生時代にこの思想に助けられ、革命ではないのですが思い切って起業することを決めました。


当時は正に第一次ベンチャーブームでもありました。
大学卒業前後に小田急線「参宮橋駅」に17平米、月8万円でワンルームマンションを借りました。自宅兼事務所でした。
クーラーも洗濯機もない小田急線の線路沿いの部屋でした。
部屋の大部分をスティール製の机2個が占め、残った畳一畳スペースに布団を敷いて寝ました。
(布団を昼間仕舞う収納場所がなく、玄関の傘入れに、布団を丸めて縛って立て掛けてしまいました)


夢だけを食べて生きていました。
しかし結局、この起業は失敗に終わり、仕方なく就職することになりました。
そして、32歳の時に再度起業し現在に至っています。
私にとっては「知行合一」という思想に出会ったことがきっかけで不可思議な人生が始まっていったことも事実です。


私の卒業証書には経済学部経済学科卒と書いてあるはずですが、実際は陽明学知行合一学科卒でゼミの教授は三島由紀夫だったと思っています。


当時、「金閣寺」は何度読んでも興味をもてませんでしたが「机上で学んでいるだけでは意味がない、『実行』することこそが尊い、『行動』した結果は仮に失敗に終わっても良い。結果より『行動そのこと自体』が尊いのである」と三島教授が私に教えてくれました。


この「知行合一」に対する強い共感は今も何ら変わりません。
「行動こそが尊いのだ。その結果は問われないのだ。」と。
これが私の理論的、精神的な武装となり、その後、何かとリスクを取る人生となったと感じています。


長谷川不動産経済社