新東京邂逅記 by 長谷川高

厳しい時代を生き抜く為の資産防衛と不動産戦略

体験することの重要性 分かっているようで分かっていないこと

最近講演等で今後の不動産市況予測などいろいろ話ししてると「あれおかしいな」と思う時が時々ございます。


それはどういうことかと言うと1990年前後の不動産バブル崩壊の話をしても、どうもよくわからないなぁといった顔をされている参加者が増えてきたように思うのです。

更にはリーマンショックの話をしても「どうもぴんとこないな」といった顔をされている方もいるように思います。


考えると、1990年と言えば今からすでに32年前です。よって現在40歳の方でも当時は8歳です。そんな経済ニュースなど全く記憶にないわけです。

30歳の方は、会社では既に1人前に働いてらっしゃるわけですが、リーマンショックの時はまだ高校生か大学生ですので、やはりこれまた殆ど記憶にないわけです。

 

かく言う私も、(再び経済情勢が似てきたと言うことで)最近話題になる「アジア通貨危機」のことを思い出そうとしても、実はほとんど思い出せないのです。

正確に言えばそんなことがあったと言う記憶はあるのですが、それがどういった内容だか詳細を記憶していないのです。

 

なぜならば当時私は今ある会社を起業したばかりで、正に自分のことで精一杯であり、アジア各国の経済的危機に目を配る余裕や、そこから何かを学ぼうなどと言う姿勢も全くありませんでした。年齢的には誠に恥ずかしいことですが。


やはりこれでは駄目なのです。言葉だけ知っていても駄目なのです。

なんとなく辞書的に知っているだけでは役に立たないのです。

それは働くビジネスマンとしても投資家としてもアウトなのです。

よって、アジア通貨危機に関しては(恥ずかしながら)今更何冊も本を読んで勉強をしているわけです。

 

しかしながら、実際に体験したこと、つまりその経験値と申しますか肌で感じた感覚は、やはり数十冊の本を読んでも及ぶものではありません。


私の親世代は太平洋戦争のことをよく話します。私は私なりに記録映画や本で学びましたが、やはり当時の事を腹の底ではわかり得ないのです。

 

それでも、まだ知る努力をすることで多少何かが違ってくるとも感じています。

投資においても、ビジネスにおいても、これから「先」のことをある程度判断しなければならない状況が度々訪れます。

その時にやはり参考になるのは「過去」なのです。

これをしっかり記憶に留めているか、そこから何かを学び取っているのか、といった事は最も単純でありますが、重要なことです。


私たちは自分が体験できなかった「過去」があるならば、それを何らかの方法で学ぶ必要があります。

現在であれば書籍や映画や動画で知る、この努力を怠るべきではないと思います。
私自身も日々そのように努めています。

 

 長谷川不動産経済社